はじめに
北米のインターナショナルスクールでは、テクノロジーを取り入れた学びが日々進化しています。私の息子がインターナショナルスクールに入学した2018年から今日まで、教室の中の様子は大きく変わりました。今では、小さな子どもたちがタブレットやコンピュータを使いこなし、プログラミングのきまりを学び、ロボットを動かしています。
北米のインターナショナルスクールでは「STEM教育」が重要な位置を占めています。STEMとは「Science(科学)」「Technology(技術)」「Engineering(工学)」「Mathematics(数学)」の頭文字を取った言葉です。これらの分野を横断的に学ぶことで、未来の社会で必要とされる力を育てることが目的です。
息子の通う学校では、英語で教科を学ぶのが基本です。日本の学校のように「英語」という教科を学ぶのではなく、英語を使って科学や数学、歴史などを学んでいきます。多くの親が心配するのは、「英語ができないと授業についていけないのでは?」という点ですが、実際には子どもたちは環境の中で自然と英語を身につけていきます。日本語の方が難しい文法や表現があることを考えると、すでに日本語を話せる子どもたちなら、英語も必ず話せるようになるのです。
この記事では、北米を中心としたインターナショナルスクールで取り入れられている最新のSTEM教育について、AI(人工知能)、ロボット工学、デジタルものづくりの3つの分野に焦点を当てて紹介します。学校の同僚や友人との会話、各国の教育関係者とのつながりから得た情報も含め、最新の教育現場の様子をお伝えします。
AIを活用した学習体験
人工知能(AI)は今や私たちの生活の多くの場面で使われていますが、北米のインターナショナルスクールでは教育にもAIを取り入れる動きが急速に広がっています。
個別化された学習プログラム
現代の教室では、一人一人の学び方や速さが違うことを大切にする「個別化学習」が重視されています。AIを使うことで、子どもたちの学習の進み具合や得意・不得意を分析し、それぞれに合った課題を提供できるようになりました。
例えば、カナダのバンクーバーにある「ウェスト・ポイント・グレイ・アカデミー」では、「アダプティブ・ラーニング・システム」と呼ばれるAIを使った学習システムを導入しています。このシステムは、生徒が解いた問題の正誤だけでなく、考える時間や迷った箇所なども記録し分析します。そして、一人一人に最適な難易度の問題や、苦手を克服するための練習問題を自動的に提供します。[1]
息子の友達の一人は計算が得意ですが、文章問題が苦手でした。このシステムのおかげで、文章問題の理解力を高めるための特別な練習ができ、今では数学の全ての分野で自信を持って取り組めるようになったと聞きました。
教師の役割も変わってきています。以前は全員に同じ内容を教えることが中心でしたが、今は一人一人の学びを支える「ファシリテーター(進行役)」としての役割が増えています。AIが基本的な学習内容を提供する一方で、教師はより深い思考や創造性を促す対話を生徒と行います。
AIとの対話を通じた探究学習
最近では、生徒たちがAIと直接対話しながら学ぶという新しい形の授業も始まっています。例えば、アメリカのボストンにある「ブルックライン・インターナショナルスクール」では、中学生を対象に「AIとの対話」の授業を行っています。
この授業では、生徒たちは自分の興味のあるテーマについて、AIチャットボットに質問をしたり、情報を求めたりします。AIからの答えをそのまま受け入れるのではなく、その情報が正しいかどうかを調べ、批判的に考える力を養うことが目的です。[2]
「AIは完璧ではなく、時に間違った情報を提供することもある」ということを理解し、情報の正確さを自分で確かめる習慣をつけることが大切だという考え方です。このような授業を通じて、生徒たちは「デジタル・リテラシー」と呼ばれる、情報技術を適切に使いこなす力を身につけています。
息子の学校でも似たような取り組みがあり、子どもたちはAIを「賢い助手」として使いながらも、その限界や問題点についても学んでいます。「AIが作った文章と人間が書いた文章の違いを見分ける」というゲーム形式の活動は、子どもたちに大人気だそうです。
AIを使った創作活動
AIは学習支援だけでなく、創作活動の道具としても活用されています。例えば、カナダのトロントにある「リバーデール・アカデミー」では、小学4年生から「AIアート」の授業を行っています。
この授業では、生徒たちはAIを使って自分のイメージした絵を生み出す方法を学びます。単にボタンを押して絵を作るのではなく、AIに適切な指示を与えるための「プロンプト(指示文)」の書き方や、生成された画像を元に自分のアイデアを発展させる方法を学びます。[3]
AIを使った創作は、アートだけでなく物語づくりや音楽の作曲にも広がっています。例えば、「これから起こる冒険を予測するAI」というテーマで、生徒たちがAIと共同で物語を作るプロジェクトも行われています。
このような活動を通じて、生徒たちはAIをただ使うだけでなく、AIと人間の創造性の違いや、AIを使った創作における「人間らしさ」とは何かを考えるきっかけを得ています。
ロボット工学の実践的学習
ロボット工学は、STEM教育の中でも特に人気の高い分野です。ロボットを作り、プログラミングし、動かすという一連の活動は、科学、技術、工学、数学の知識を総合的に活用する絶好の機会となります。
年齢に合わせたロボット教育
北米のインターナショナルスクールでは、幼稚園から高校まで、発達段階に合わせたロボット教育プログラムが用意されています。
例えば、幼稚園や小学校低学年では、「ビー・ボット」や「ダッシュ・アンド・ドット」などの簡単に操作できるロボットを使います。これらのロボットは、カラフルなボタンや簡単な命令カードを使って動かすことができ、小さな子どもでも「プログラミング的思考」の基礎を楽しく学べるように設計されています。[4]
小学校中学年になると、「レゴ・ウィードゥー」や「レゴ・マインドストームズ」などのキットを使い、より複雑なロボットを組み立て、プログラミングするようになります。中学生以上になると、「アーデュイーノ」や「マイクロビット」などのマイコンボードを使ったロボット製作に挑戦します。
アメリカのシアトルにある「ノースウェスト・インターナショナルスクール」では、5年生から「ロボティクス・ラボ」という専用の教室で週に2回のロボット授業があります。年に数回行われる「ロボット・ショーケース」では、生徒たちが自作のロボットを保護者や地域の人々に披露する機会もあります。[5]
息子の学校でも同様のプログラムがあり、最初は簡単なロボットから始めて、学年が上がるにつれて徐々に高度なものに挑戦していきます。息子がクラスで作った「ゴミ拾いロボット」は、校内の発明コンテストで賞を取り、とても誇らしげだったのを覚えています。
ロボットコンテストへの参加
北米では、学校対抗のロボットコンテストが盛んに行われています。例えば「ファースト・レゴ・リーグ(FLL)」は、世界中の子どもたちが参加する国際的なロボットコンテストです。
カナダのモントリオールにある「イースタン・アカデミー」では、ロボット部の活動として定期的にFLLに参加しています。毎年、新しいテーマ(例えば「宇宙探査」や「持続可能な都市」など)が発表され、チームはそのテーマに沿ったロボットを設計し、プログラミングします。[6]
このようなコンテストの準備は、単にロボットを作るだけでなく、チームワーク、時間管理、問題解決能力などの「21世紀型スキル」を育てる絶好の機会となります。
「コンテストで勝つことより、挑戦する過程で学ぶことが大切」という考え方が、多くの学校で共有されています。実際、息子の学校のロボット部では、「失敗は成功のもと」というモットーがあり、うまくいかなかった時こそ大切な学びがあると教えています。
社会問題解決のためのロボット開発
最近のロボット教育では、単に技術を学ぶだけでなく、社会の課題解決にロボットをどう活用できるかを考えるプロジェクトが増えています。
アメリカのサンフランシスコにある「ベイエリア・インターナショナルスクール」では、中学2年生を対象に「社会のためのロボティクス」という授業を行っています。この授業では、地域社会の問題(例えば高齢者の生活支援、環境保護、安全確保など)に焦点を当て、それを解決するためのロボットを開発します。[7]
例えば、あるチームは視力に問題を抱える高齢者のために、家の中の障害物を感知して音声で知らせる「ナビゲーション・ロボット」を開発しました。別のチームは、プラスチックゴミを自動的に分別するロボットを作りました。
このようなプロジェクトを通じて、生徒たちは技術の社会的な意味や影響について考え、「技術は人々の生活をより良くするためにある」という視点を養っています。
息子のクラスメイトの一人は、祖父が農業を営んでいることから、「畑の水やりを自動化するロボット」を開発するプロジェクトに取り組んでいました。実際に祖父の農場でテストを行い、改良を重ねる過程は、まさに実社会での問題解決の経験になったと言います。
デジタルものづくりと創造的空間
デジタルものづくりとは、コンピュータを使ったデザインと、3Dプリンターやレーザーカッターなどのデジタル工作機械を組み合わせて、アイデアを形にする活動です。北米のインターナショナルスクールでは、こうした活動のための専用スペース「メイカースペース」の設置が進んでいます。
メイカースペースの活用
メイカースペースとは、様々な工具や材料、デジタル工作機械を備えた創作空間です。生徒たちはこの空間で、自分のアイデアを形にする経験を通じて、創造性や問題解決能力を高めます。
カナダのバンクーバーにある「パシフィック・リム・インターナショナルスクール」では、2019年に全校生徒が利用できる「イノベーション・ラボ」を開設しました。このラボには、3Dプリンター、レーザーカッター、ビニールカッター、木工用具、電子工作キットなど、様々な道具が揃っています。[8]
メイカースペースでは、教師が一方的に教えるのではなく、生徒たちが自分の興味に基づいてプロジェクトを選び、必要な技術や知識を習得していく「自己主導型学習」が中心となります。
例えば、アメリカのポートランドにある「エバーグリーン・インターナショナルスクール」では、週に一度「メイカー・タイム」という時間があり、生徒たちは自分のプロジェクトに取り組みます。教師やボランティアの保護者がサポート役として参加し、必要に応じて助言や技術指導を行います。[9]
息子の学校にも同様のスペースがあり、放課後には「メイカー・クラブ」の活動が行われています。息子は友達と協力して「ミニチュア・スマート・ハウス」を作るプロジェクトに取り組んでおり、3Dプリンターで家具を作ったり、小さなLEDライトを配線したりする作業を楽しんでいます。
プロジェクト学習とSTEAM教育
多くのインターナショナルスクールでは、従来のSTEM教育に「Arts(芸術)」を加えた「STEAM教育」を推進しています。STEAM教育では、科学技術と芸術的表現を組み合わせることで、より創造的な学びを目指します。
例えば、アメリカのシカゴにある「レイクショア・インターナショナルスクール」では、6年生を対象に「光と音の芸術」というSTEAMプロジェクトを実施しています。このプロジェクトでは、生徒たちは物理学の「光と音の性質」について学んだ後、その知識を活かして光や音を使ったアート作品を制作します。[10]
作品の例としては、LEDライトを使った光の彫刻、音を視覚化する装置、音楽と連動して色や明るさが変わる照明システムなどがあります。最終的には学校のギャラリーで展示会を開き、地域の人々に作品を披露します。
このようなプロジェクトを通じて、生徒たちは科学の原理と芸術的表現の両方を学び、分野を横断した思考力を養います。
息子の学校でも、音楽の授業と科学の授業が協力して「音の科学と芸術」というプロジェクトを行いました。子どもたちは自分だけの楽器を設計・製作し、その過程で音の出る仕組みについても学びました。最後には、自作の楽器を使った小さなコンサートを開き、友達や家族に発表しました。
地域や専門家との連携
北米のインターナショナルスクールでは、学校の外の資源を積極的に活用する傾向があります。地域の企業や大学、専門家と連携することで、より実践的で最先端の学びを提供しています。
例えば、アメリカのオースティンにある「テキサス・インターナショナルスクール」では、地元のテクノロジー企業と提携して「メンター・プログラム」を実施しています。このプログラムでは、企業のエンジニアや科学者が定期的に学校を訪れ、生徒たちのプロジェクトに助言を与えたり、実際の仕事について話したりします。[11]
カナダのトロントにある「オンタリオ・インターナショナルスクール」では、地元の大学と協力して、中高生を対象にした「サイエンス・キャンプ」を毎年夏に開催しています。大学の施設を使用した実験や、大学院生による特別授業などが行われ、生徒たちは普段の学校では体験できない高度な科学実験に触れる機会を得ています。[12]
このような連携は、生徒たちに「学校で学ぶ内容と実社会とのつながり」を実感させ、学習意欲を高める効果があります。
息子の学校でも、保護者のネットワークを活かして様々な職業の人を招く「キャリア・デー」が年に一度あります。私も会社の同僚と一緒に参加し、子どもたちに仕事の話をしました。子どもたちの興味深そうな表情や鋭い質問に、むしろ私たち大人が驚かされることもあります。
まとめ
北米のインターナショナルスクールにおけるSTEM教育は、単に科学や技術の知識を教えるだけでなく、創造性、批判的思考力、協働する力など、未来を生きる子どもたちに必要な能力を総合的に育てることを目指しています。
AIを活用した個別化学習、ロボット工学を通じた実践的な問題解決、メイカースペースでのデジタルものづくりなど、様々な取り組みが行われており、その内容は日々進化しています。
これらの教育は全て英語で行われていますが、重要なのは英語そのものではなく、英語を通じて学ぶ内容や身につけるスキルです。子どもたちは、環境の中で自然と英語を習得していきます。日本語という複雑な言語をすでに話せることを考えれば、英語を話せるようになることはさほど難しいことではありません。
私たち親が大切にしたいのは、子どもたちが自分の興味や関心に従って学び、失敗を恐れず挑戦し続ける姿勢を育てることではないでしょうか。技術は日進月歩で変化していきますが、学び続ける力、創造する力、協力する力は、どんな時代でも変わらず重要なものです。
息子が学校で体験しているSTEM教育の様子を見ていると、私自身の学生時代との違いに驚かされます。しかし、その根底にある「好奇心を大切にし、実践を通じて学ぶ」という考え方は、時代を超えて価値のあるものだと感じています。
参考文献
[1] National Association of Independent Schools. (2023). “Adaptive Learning Systems in International Education”.
[2] Education Week. (2024). “Teaching Critical Thinking in the Age of AI”.
[3] International Schools Journal. (2023). “Creative AI in K-12 Education: Case Studies from North American Schools”. Vol. 42, Issue 2, pp. 78-92.
[4] ISTE (International Society for Technology in Education). (2023). “Age-Appropriate Robotics Education”.
[5] Seattle Education. (2024). “Robotics Programs in Greater Seattle Area Schools”.
[6] FIRST LEGO League Canada. (2023). “Impact Report: Educational Outcomes of FLL Participants”.
[7] EdSurge. (2024). “Social Impact Robotics: Teaching Students to Solve Real-World Problems”.
[8] Vancouver Sun. (2022). “How Makerspaces are Transforming Education in BC Schools”.
[9] Makerspace for Education. (2023). “Best Practices from American International Schools”.
[10] STEAM Education Journal. (2024). “Light and Sound: Integrating Physics and Arts in Middle School Curriculum”. Vol. 8, Issue 1, pp. 45-59.
[11] Austin Technology Council. (2023). “Bridging the Gap: Industry-School Partnerships in STEM Education”.
[12] University of Toronto Schools. (2024). “Summer Science Camp Program for International Students”.
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