世界中の教室では今、従来の「教え込み型」の教育から脱却し、子どもたちが自ら考え行動する市民として成長するための新しい教育が広がっています。特にインターナショナルスクールの現場では、批判的市民性(クリティカル・シティズンシップ)を育む教育が注目されています。この教育アプローチは、社会の権力構造を子どもたち自身が分析し、より公正な社会づくりに参加する力を育てることを目指しています。
- 権力構造を「読み解く」力を育てる
- 「私たち」と「彼ら」の二項対立を超える
- 対話と質問を通じた学び
- インターナショナルスクールにおける批判的市民性教育の三つの柱
- 権力構造を「読み解く」力を育てる
- 「私たち」と「彼ら」の二項対立を超える
- 対話と質問を通じた学び
- インターナショナルスクールにおける批判的市民性教育の三つの柱
- 教室での実践:批判的市民性を育む具体的アプローチ
- 批判的市民性教育の課題と可能性
- 教室を超えた学び:校外活動と地域連携
- 年齢に応じた批判的市民性教育:発達段階を考慮したアプローチ
- デジタル時代の批判的市民性:テクノロジーと市民教育
- 教師の役割:ファシリテーターとしての教育者
- 家庭と学校の連携:批判的市民性を育む環境づくり
- 批判的市民性教育の評価:数値化しにくい学びをどう捉えるか
- インターナショナルスクールから日本の教育へ:批判的市民性教育の可能性
- おわりに:批判的市民性教育が目指す未来
- 注釈
- 教室での実践:批判的市民性を育む具体的アプローチ
- 批判的市民性教育の課題と可能性
- 教室を超えた学び:校外活動と地域連携
- 年齢に応じた批判的市民性教育:発達段階を考慮したアプローチ
- デジタル時代の批判的市民性:テクノロジーと市民教育
- 教師の役割:ファシリテーターとしての教育者
- 家庭と学校の連携:批判的市民性を育む環境づくり
- 批判的市民性教育の評価:数値化しにくい学びをどう捉えるか
- インターナショナルスクールから日本の教育へ:批判的市民性教育の可能性
- おわりに:批判的市民性教育が目指す未来
- 注釈
権力構造を「読み解く」力を育てる
息子が通うインターナショナルスクールでは、小学校高学年から「社会の仕組み」について深く考える授業が行われています。ある日、息子が学校から帰ってきて「今日はなぜ世界の国々の間で貧しさに差があるのか話し合った」と教えてくれました。
日本の学校では「世界には貧しい国がある」と教えることはあっても、なぜその貧しさが生まれるのかという構造的な問題にまで踏み込むことは少ないように思います。しかし息子の学校では、世界の不平等を単なる「事実」として教えるのではなく、その背後にある歴史的・政治的・経済的な力関係を子どもたち自身が考える機会を作っています。
アンドレオッティ教授は批判的市民性教育について「単に世界の問題を知るだけでなく、その問題を生み出す仕組みや権力関係を理解し、自分の立場や責任を考えること」だと説明しています[1]。これは子どもたちが「世界の問題を解決してあげる」という上から目線の姿勢ではなく、自分も社会の一部として責任を持つ視点を育てるアプローチです。
「私たち」と「彼ら」の二項対立を超える
息子のクラスでは昨年、「私たちの日常生活と世界のつながり」というプロジェクトに取り組みました。子どもたちは自分の持ち物(服、おもちゃ、食べ物など)がどこから来たのかを調べ、世界地図で確認しました。このシンプルな活動を通じて、彼らは自分たちの生活が世界中の人々の労働や資源と結びついていることを実感したのです。
息子は家で「ぼくのTシャツはバングラデシュで作られていたよ。でもそこで働いている人たちはとても安い給料で長い時間働いているって先生が言ってた」と話し始めました。10歳の子どもが自分の服と世界の労働問題を結びつけて考え始めたのです。
インターナショナルスクールの強みは、多様な国籍や文化背景を持つ子どもたちが一緒に学ぶことで、「私たち」対「彼ら」という単純な二項対立を超えた視点を自然と身につけられることです。オックスリーとモリスの研究によれば、このような環境は「批判的グローバル市民性」を育むのに理想的だといいます[2]。
対話と質問を通じた学び
批判的市民性教育で特に重視されるのが、「対話」と「質問」を中心とした学びです。息子のクラスの担任は「正しい答えを教える」のではなく、子どもたち自身が考えるための質問を投げかけることに長けています。
例えば「なぜある国は豊かで、ある国は貧しいのか」という問いに対して、単純な答えを示すのではなく、子どもたちに考える材料を提供します。「この国はどんな歴史を持っているか」「この地域ではどんな資源が取引されているか」「誰がその取引から利益を得ているか」など、構造的な視点で考えるきっかけを作るのです。
フレイレは著書『被抑圧者の教育学』の中で、従来の「銀行型教育」(教師が知識を「預金」するように一方的に教える方法)を批判し、対話を通じた意識化の重要性を説きました[3]。インターナショナルスクールでは、この対話型教育が自然と取り入れられています。
インターナショナルスクールにおける批判的市民性教育の三つの柱
1. 多角的視点から社会を分析する力
インターナショナルスクールでは、一つの出来事や問題をさまざまな角度から見る習慣が自然と身につきます。息子のクラスでは、ニュースを読むときも「誰の視点で書かれているか」「この記事に載っていない意見や立場はないか」と考えることを学んでいます。
スペインのカタルーニャで行われた研究では、批判的市民性教育を受けた生徒は社会問題を分析する際に、政治的・経済的・倫理的・社会的な多様な次元を考慮できるようになると報告されています[4]。特に社会構造や権力関係、倫理と社会正義に関する視点を持つことが、批判的思考の鍵となることが明らかになっています。
学校の授業で使う教材も、多角的な視点を意識して選ばれています。例えば歴史の授業では、同じ出来事について異なる立場からの記述を比較したり、主流の歴史に含まれない声(先住民や少数派の視点など)を積極的に取り上げたりします。
2. 自分の立場や特権を認識する力
批判的市民性教育のもう一つの重要な要素は、
世界中の教室では今、従来の「教え込み型」の教育から脱却し、子どもたちが自ら考え行動する市民として成長するための新しい教育が広がっています。特にインターナショナルスクールの現場では、批判的市民性(クリティカル・シティズンシップ)を育む教育が注目されています。この教育アプローチは、社会の権力構造を子どもたち自身が分析し、より公正な社会づくりに参加する力を育てることを目指しています。
権力構造を「読み解く」力を育てる
息子が通うインターナショナルスクールでは、小学校高学年から「社会の仕組み」について深く考える授業が行われています。ある日、息子が学校から帰ってきて「今日はなぜ世界の国々の間で貧しさに差があるのか話し合った」と教えてくれました。
日本の学校では「世界には貧しい国がある」と教えることはあっても、なぜその貧しさが生まれるのかという構造的な問題にまで踏み込むことは少ないように思います。しかし息子の学校では、世界の不平等を単なる「事実」として教えるのではなく、その背後にある歴史的・政治的・経済的な力関係を子どもたち自身が考える機会を作っています。
アンドレオッティ教授は批判的市民性教育について「単に世界の問題を知るだけでなく、その問題を生み出す仕組みや権力関係を理解し、自分の立場や責任を考えること」だと説明しています[1]。これは子どもたちが「世界の問題を解決してあげる」という上から目線の姿勢ではなく、自分も社会の一部として責任を持つ視点を育てるアプローチです。
「私たち」と「彼ら」の二項対立を超える
息子のクラスでは昨年、「私たちの日常生活と世界のつながり」というプロジェクトに取り組みました。子どもたちは自分の持ち物(服、おもちゃ、食べ物など)がどこから来たのかを調べ、世界地図で確認しました。このシンプルな活動を通じて、彼らは自分たちの生活が世界中の人々の労働や資源と結びついていることを実感したのです。
息子は家で「ぼくのTシャツはバングラデシュで作られていたよ。でもそこで働いている人たちはとても安い給料で長い時間働いているって先生が言ってた」と話し始めました。10歳の子どもが自分の服と世界の労働問題を結びつけて考え始めたのです。
インターナショナルスクールの強みは、多様な国籍や文化背景を持つ子どもたちが一緒に学ぶことで、「私たち」対「彼ら」という単純な二項対立を超えた視点を自然と身につけられることです。オックスリーとモリスの研究によれば、このような環境は「批判的グローバル市民性」を育むのに理想的だといいます[2]。
対話と質問を通じた学び
批判的市民性教育で特に重視されるのが、「対話」と「質問」を中心とした学びです。息子のクラスの担任は「正しい答えを教える」のではなく、子どもたち自身が考えるための質問を投げかけることに長けています。
例えば「なぜある国は豊かで、ある国は貧しいのか」という問いに対して、単純な答えを示すのではなく、子どもたちに考える材料を提供します。「この国はどんな歴史を持っているか」「この地域ではどんな資源が取引されているか」「誰がその取引から利益を得ているか」など、構造的な視点で考えるきっかけを作るのです。
フレイレは著書『被抑圧者の教育学』の中で、従来の「銀行型教育」(教師が知識を「預金」するように一方的に教える方法)を批判し、対話を通じた意識化の重要性を説きました[3]。インターナショナルスクールでは、この対話型教育が自然と取り入れられています。
インターナショナルスクールにおける批判的市民性教育の三つの柱
1. 多角的視点から社会を分析する力
インターナショナルスクールでは、一つの出来事や問題をさまざまな角度から見る習慣が自然と身につきます。息子のクラスでは、ニュースを読むときも「誰の視点で書かれているか」「この記事に載っていない意見や立場はないか」と考えることを学んでいます。
スペインのカタルーニャで行われた研究では、批判的市民性教育を受けた生徒は社会問題を分析する際に、政治的・経済的・倫理的・社会的な多様な次元を考慮できるようになると報告されています[4]。特に社会構造や権力関係、倫理と社会正義に関する視点を持つことが、批判的思考の鍵となることが明らかになっています。
学校の授業で使う教材も、多角的な視点を意識して選ばれています。例えば歴史の授業では、同じ出来事について異なる立場からの記述を比較したり、主流の歴史に含まれない声(先住民や少数派の視点など)を積極的に取り上げたりします。
2. 自分の立場や特権を認識する力
批判的市民性教育のもう一つの重要な要素は、自分自身の社会的立場や特権を認識する力です。これは特にインターナショナルスクールのような比較的恵まれた環境にいる子どもたちにとって重要な視点です。
息子の学校では「なぜ私たちはこの学校で学べるのか」「世界にはどんな子どもたちが教育を受けられないでいるのか」といった問いを通じて、自分たちの置かれた状況を相対化する機会が設けられています。
ドブソンは、グローバル市民性教育において、単に「世界の問題を知る」だけでなく、その問題に自分たちがどう関わっているかという「共犯性」の認識が重要だと指摘しています[5]。例えば「世界の貧困」を遠い国の問題としてではなく、自分たちの生活様式や消費行動と結びついた問題として考えることが求められるのです。
私自身、カナダでの生活経験を通じて、「当たり前」と思っていた日本の文化や社会制度が実は一つの選択肢に過ぎないことを実感しました。異なる視点から自分の文化を見直すことで、何が普遍的で何が文化的に構築されたものなのかを考えるきっかけになりました。インターナショナルスクールの子どもたちは、日々の生活の中でこうした視点の切り替えを経験しています。
3. 社会変革に参加する力
批判的市民性教育の最終的な目標は、より公正な社会づくりに参加する市民を育てることです。知識を得て分析するだけでなく、実際の行動につなげることが重視されます。
息子の学校では、学んだことを行動に移すための具体的なプロジェクトが多く取り入れられています。例えば「持続可能な学校づくり」というプロジェクトでは、子どもたち自身が学校の環境問題(ゴミ、エネルギー使用など)を調査し、改善策を提案・実施しました。
この過程で重要なのは、子どもたちが「自分たちにもできることがある」という効力感を持つことです。シュルツは、批判的グローバル市民性教育において、子どもたち自身が変化の担い手となる力を育むことの重要性を指摘しています[6]。
また、行動においても批判的視点が重視されます。単に「良いこと」をするのではなく、その行動が長期的にどのような影響をもたらすのか、予期せぬ結果はないのかを考えることが奨励されています。
教室での実践:批判的市民性を育む具体的アプローチ
「なぜ」を問い続ける授業
インターナショナルスクールの教室で特徴的なのは、教師が「なぜ」という問いを大切にしていることです。息子のクラスでは、「これが正しい」と教えるのではなく、「なぜそう考えるのか」「その考えの根拠は何か」と問いかけることで、子どもたち自身の思考を深めていきます。
例えば、世界の貧困問題を扱う授業では、「なぜ貧困があるのか」という問いから始まり、「なぜ一部の国は豊かで一部の国は貧しいのか」「それは昔からそうだったのか」「誰がその状況から利益を得ているのか」と掘り下げていきます。
フロンティアズ学術誌の研究によれば、こうした「なぜ」の問いかけは、子どもたちが表面的な事象だけでなく、その背後にある構造的な問題に目を向けるために不可欠だとされています[7]。
メディアリテラシーを通じた権力構造の分析
批判的市民性教育では、メディアの読み解き方も重要な要素です。息子の学校では、ニュースやSNSの投稿、広告などを批判的に分析する授業が行われています。
例えば「誰がこの情報を発信しているのか」「どのような意図があるのか」「誰の声が含まれ、誰の声が排除されているのか」といった視点でメディアを分析します。これは現代社会を生きる子どもたちにとって不可欠なスキルです。
カステジビらの研究では、批判的メディアリテラシーが子どもたちの市民性を育む上で極めて重要な役割を果たすことが示されています[8]。メディアを通じて権力構造を読み解く力は、批判的市民性の基盤となるのです。
プロジェクト型学習と実践的行動
インターナショナルスクールでは、学びを実践につなげるためのプロジェクト型学習が積極的に取り入れられています。息子のクラスでは、環境問題や社会的公正に関するプロジェクトに取り組み、実際の行動につなげています。
例えば「食品ロス削減プロジェクト」では、学校の給食から出る食品ロスを調査し、その削減策を考えました。子どもたちは単に「食べ残しはいけない」と教えられるのではなく、食品ロスが環境や経済に与える影響を調べ、自分たちにできる具体的な行動を考えたのです。
研究によれば、こうした実践的なプロジェクトは、子どもたちの市民性を育む上で効果的です[9]。特に、子どもたち自身が問題を設定し、解決策を考え、実践するプロセスが重要とされています。
批判的市民性教育の課題と可能性
批判から行動へ:無力感を超えて
批判的市民性教育の難しさの一つは、社会の問題や不公正に気づくことで、子どもたちが無力感や絶望感を抱く可能性があることです。世界の複雑な問題を知れば知るほど「自分には何もできない」と感じることもあります。
息子の担任は、この課題に対処するため「小さな一歩」の重要性を強調しています。完璧な解決策を求めるのではなく、自分にできる小さな行動から始めること、そして他者と協力することの大切さを教えています。
アンドレオッティは、批判的市民性教育において「希望の教育学」が重要だと指摘しています[10]。批判だけでなく、変化の可能性を示し、行動の選択肢を広げることが必要なのです。
多様な視点を尊重する難しさ
批判的市民性教育のもう一つの課題は、多様な視点を尊重しながらも、人権や公正といった基本的価値を守ることのバランスです。すべての意見や文化的慣行を無条件に受け入れるわけにはいきません。
息子の学校では、異なる文化や価値観を尊重することと、基本的人権を守ることのバランスについて、年齢に応じた対話が行われています。例えば「ある文化では女の子が学校に行けないこともある」という事実を知ったとき、子どもたちは「それは文化だから尊重すべきか」「教育を受ける権利はどうなるのか」といった問いを考えます。
サンティステバンらの研究によれば、こうした対話型の教育は、子どもたちが複雑な倫理的問題に向き合い、自分なりの判断基準を築く上で重要だとされています[11]。
教室を超えた学び:校外活動と地域連携
批判的市民性教育の特徴的な点は、教室内での学びだけでなく、実社会とのつながりを重視することです。息子の学校では、地域社会と連携した学習活動が積極的に取り入れられています。
昨年、息子のクラスは近隣の川の水質調査プロジェクトに参加しました。子どもたちは専門家と一緒に水質検査を行い、データを収集・分析し、地域の環境問題について考察しました。このプロジェクトで特に印象的だったのは、単に「環境を守りましょう」という表面的なメッセージにとどまらず、「なぜこの川が汚染されているのか」「誰がその影響を受けているのか」「誰が責任を持つべきか」といった構造的な問いを子どもたち自身が考えたことです。
オーミアラらの研究によれば、こうした地域に根ざした学習活動は、子どもたちが抽象的な社会問題を具体的な文脈で理解し、行動につなげる上で効果的だとされています[12]。また、地域の人々との交流を通じて、多様な立場や視点を直接学ぶ機会にもなります。
息子の学校では、こうした校外活動が単発のイベントではなく、カリキュラムに組み込まれた継続的な学びとして位置づけられています。毎年、学年ごとに異なるテーマ(環境、人権、多文化共生など)で地域と連携したプロジェクトに取り組み、学年が上がるにつれて扱う問題の複雑さや行動の範囲が広がっていきます。
年齢に応じた批判的市民性教育:発達段階を考慮したアプローチ
批判的市民性教育は、子どもの発達段階に合わせた形で実践されることが重要です。息子の学校では、年齢に応じたアプローチが採用されています。
低学年(5-8歳)では、主に「公平さ」や「思いやり」といった基本的な概念を、具体的な経験を通して学びます。例えば「みんなが使えるおもちゃの数が足りないとき、どうすれば公平に分けられるか」といった日常的な問題を通じて、資源の分配や意思決定のプロセスについて考えます。
中学年(9-11歳)になると、より広い社会的文脈での「公正」について学び始めます。例えば「なぜ世界の子どもたちの中には学校に行けない子がいるのか」「どうすればすべての子どもが教育を受けられるようになるのか」といった問いを探究します。この段階では、問題の背景にある構造的な原因についても少しずつ理解を深めていきます。
高学年(12-14歳)では、より複雑な権力構造や社会システムについて学びます。例えば「歴史的に形成された不平等」「メディアにおける表象の問題」「グローバル経済の仕組み」などのテーマに取り組みます。また、自分たちの日常生活と世界の問題のつながりについても、より深く考察します。
この段階的なアプローチについて、サンティステバンらは「子どもたちが自分の生活世界から出発し、徐々に視野を広げていくことで、複雑な社会問題に対する理解と行動力を効果的に育むことができる」と指摘しています[13]。
デジタル時代の批判的市民性:テクノロジーと市民教育
現代社会において、批判的市民性教育はデジタルリテラシーと密接に関連しています。インターナショナルスクールでは、テクノロジーを単に使いこなすスキルを教えるだけでなく、デジタル空間における権力構造や情報の政治性についても学ぶ機会が設けられています。
息子のクラスでは、昨年「デジタルメディアと市民参加」というプロジェクトに取り組みました。SNSやニュースサイトを分析し、誰の声が拡散され、誰の声が排除されているのかを調査しました。また、アルゴリズムがどのように私たちの情報接触に影響を与えているかについても学びました。
特に印象的だったのは、「デジタル市民」としての権利と責任について考える授業です。オンライン上での発言やシェアが他者や社会に与える影響、プライバシーや個人情報の保護、デジタル格差の問題など、多角的な視点から考察しました。
キムの研究によれば、デジタル時代の批判的市民性教育では、テクノロジー企業の権力や影響力、情報の政治経済学についての理解が不可欠だとされています[14]。単なる「ネット利用のマナー」を超えた、構造的な視点からデジタル社会を捉える力が求められているのです。
教師の役割:ファシリテーターとしての教育者
批判的市民性教育において、教師の役割は従来の「知識の伝達者」から「学びのファシリテーター」へと変化します。息子の担任は、「正解」を教えるのではなく、子どもたち自身が考え、対話し、結論を導き出すプロセスをサポートすることに重点を置いています。
例えば、社会問題についてのディスカッションでは、教師は自分の意見を押し付けるのではなく、多様な視点を提示し、子どもたちが自分で考えるための問いかけを行います。「あなたはどう思う?」「なぜそう考えるの?」「他にどんな見方があるかな?」といった開かれた問いを通じて、子どもたちの思考を促します。
また、教師自身も「学び続ける者」としての姿勢を示すことが重要です。息子の担任は時々「先生もわからないことがある」「一緒に考えてみよう」と言うことがあります。このような姿勢は、知識が固定的なものではなく、常に更新され、問い直されるものだということを子どもたちに示しています。
ラーセンとサールの研究では、批判的市民性教育を実践する教師には「自己の立場や特権を認識する反省的姿勢」「多様な視点を尊重する開かれた態度」「社会変革への意欲」が重要だと指摘されています[15]。教師自身が批判的市民としての資質を持ち、実践することが求められるのです。
家庭と学校の連携:批判的市民性を育む環境づくり
批判的市民性教育は学校だけで完結するものではなく、家庭との連携が不可欠です。息子の学校では、保護者向けのワークショップや情報共有の場が定期的に設けられ、学校での学びを家庭でも支える環境づくりが進められています。
私自身、こうしたワークショップに参加することで、批判的市民性教育の理念や実践について理解を深め、家庭での会話や活動に取り入れるようになりました。例えば、ニュースを見る際に「これはどんな立場から書かれているのだろう」「他にどんな見方があるだろう」と一緒に考えたり、買い物をする際に「この商品はどこから来たのだろう」「作っている人はどんな条件で働いているのだろう」と話し合ったりすることが増えました。
トロツィとマロンの研究によれば、批判的市民性教育において家庭の役割は非常に重要であり、学校と家庭が共通の理解と目標を持つことで、子どもたちの学びがより効果的になるとされています[16]。特に、家庭での日常的な会話や意思決定のプロセスが、子どもたちの市民性形成に大きな影響を与えるとされています。
批判的市民性教育の評価:数値化しにくい学びをどう捉えるか
批判的市民性教育の課題の一つは、その成果をどのように評価するかという点です。思考力や行動力、価値観の変化といった要素は、従来のテストでは測りにくいものです。
息子の学校では、数値による評価だけでなく、多様な評価方法が採用されています。例えば、ポートフォリオ評価(子どもたちの活動や成果物を時系列で集めたもの)、自己評価と相互評価、プロジェクトの成果発表、教師による観察記録などを組み合わせた総合的な評価が行われています。
特に重視されているのは、「プロセス」の評価です。結果だけでなく、子どもたちがどのように問題を分析し、多様な視点を考慮し、協働して解決策を見出したかというプロセスが評価されます。
ブルースらの研究によれば、批判的市民性教育の評価においては、知識・スキル・態度の統合的発達を捉えることが重要であり、長期的な視点での変化に注目することが必要だとされています[17]。教育の成果は即時に現れるものではなく、時間をかけて醸成されるものだという認識が大切です。
インターナショナルスクールから日本の教育へ:批判的市民性教育の可能性
インターナショナルスクールでの批判的市民性教育の実践は、日本の教育にもさまざまな示唆を与えてくれます。特に、「主体的・対話的で深い学び」を目指す新学習指導要領の理念とも多くの共通点があります。
例えば、息子の学校で行われている問いを中心とした学び、プロジェクト型学習、多様な視点からの考察といったアプローチは、日本の学校でも十分に取り入れられる可能性があります。
文部科学省が推進する「グローバル・シティズンシップ教育」においても、批判的思考力や社会参画力の育成が重視されるようになってきています。これは世界的な教育の潮流と合致するものであり、日本の教育の可能性を広げるものだと言えるでしょう。
ゴンザレス・バレンシアらの研究によれば、批判的市民性教育は文化的背景や教育制度の違いを超えて適用可能であり、各国の文脈に合わせた実践が可能だとされています[18]。日本の文化的・社会的文脈の中で、批判的市民性教育をどのように実践していくかは、今後の重要な課題と言えるでしょう。
おわりに:批判的市民性教育が目指す未来
インターナショナルスクールでの批判的市民性教育は、単に「国際的な視野を持つ人材」を育てることではありません。それは、社会の権力構造を読み解き、より公正な社会づくりに参加する市民を育てることを目指しています。
息子が通う学校での経験から、私は「批判的」という言葉が持つ本当の意味を理解するようになりました。「批判的」とは単に否定することではなく、深く考え、問い、行動することなのです。
私たち大人も、子どもたちと共に学び続ける姿勢が大切です。私自身、息子の問いかけをきっかけに、自分の「当たり前」を見直す機会が増えました。
子どもたちが自ら考え、行動する市民として成長するためには、大人たちも批判的市民性を身につけ、実践していくことが求められています。インターナショナルスクールでの教育実践が、日本の教育全体にも良い影響を与えることを願っています。
最後に、批判的市民性教育は決して「英語ができれば国際人」といった単純な考え方ではないことを強調したいと思います。英語はあくまでもコミュニケーションの道具であり、重要なのは多角的に考え、行動する力です。日本の公立校の英語教育が難しいのは、文法や単語を覚えることに重点が置かれ、コミュニケーションの手段としての英語の面白さが伝わりにくいからかもしれません。実際、日本語のほうが文法的にも漢字の学習においても難易度は高いのです。だからこそ、誰もが英語を話せる素質を持っているという事実を忘れないでほしいと思います。
注釈
[1] Andreotti, V. (2006). Soft versus critical global citizenship education. Policy & Practice: A Development Education Review, 3, 40-51.
[2] Oxley, L., & Morris, P. (2013). Global citizenship: A typology for distinguishing its multiple conceptions. British Journal of Educational Studies, 61(3), 301-325.
[3] Freire, P. (1970). Pedagogy of the Oppressed. New York: Continuum.
[4] González-Valencia, G., Massip Sabater, M., & Santisteban Fernández, A. (2022). Critical Global Citizenship Education: A Study on Secondary School Students. Frontiers in Education, 7.
[5] Dobson, A. (2006). Thick Cosmopolitanism. Political Studies, 54(1), 165-184.
[6] Shultz, L. (2007). Educating for global citizenship: Conflicting agendas and understandings. Alberta Journal of Educational Research, 53(3), 248-258.
[7] Larsen, M. A., & Searle, M. J. (2017). International service learning and critical global citizenship: A cross-case study of a Canadian teacher education alternative practicum. Teaching and Teacher Education, 63, 196-205.
[8] Castellví, J., Massip, M., & Pagès, B. (2019). Emociones y pensamiento crítico en la era digital: un estudio con alumnado de formación inicial. Revista de Investigación en Didáctica de las Ciencias Sociales (REIDICS), 5, 23-41.
[9] O’Meara, J. G., Huber, T., & Sanmiguel, E. R. (2018). The role of teacher educators in developing and disseminating global citizenship education strategies in and beyond US learning environments. Journal of Education for Teaching, 44(5), 556-573.
[10] Bosio, E. (2021). Conversations on Global Citizenship Education: Perspectives on Research, Teaching, and Learning in Higher Education. New York: Routledge.
[11] Santisteban, A., Pagès, J., & Bravo, L. (2018). History Education and Global Citizenship Education. In I. Davies et al. (Eds.), The Palgrave Handbook of Global Citizenship and Education (pp. 457-472). London: Palgrave Macmillan.
[12] UNESCO. (2018). Preparing teachers for global citizenship education: A template. Bangkok: UNESCO.
[13] Santisteban, A., González-Monfort, N. (2019). Education for Citizenship and Identities. In J. A. Pineda-Alfonso, N. De Alba-Fernández, & E. Navarro-Medina (Eds.), Handbook of Research on Education for Participative Citizenship and Global Prosperity (pp. 551-567). Hershey, PA: IGI Global.
[14] Kim, Y. (2019). Global citizenship education in South Korea: ideologies, inequalities, and teacher voices. Globalisation, Societies and Education, 17(2), 177-193.
[15] Larsen, M. A., & Searle, M. J. (2017). International service learning and critical global citizenship: A cross-case study of a Canadian teacher education alternative practicum. Teaching and Teacher Education, 63, 196-205.
[16] Tarozzi, M., & Mallon, B. (2019). Educating teachers towards global citizenship: a comparative study in four European countries. London Review of Education, 17(2), 112-125.
[17] Bruce, J., North, C., & FitzPatrick, J. (2019). Preservice teachers’ views of global citizenship and implications for global citizenship education. Globalisation, Societies and Education, 17(2), 161-176.
[19] González-Valencia, G., Massip Sabater, M., & Santisteban Fernández, A. (2022). Critical Global Citizenship Education: A Study on Secondary School Students. Frontiers in Education, 7.
育を受けられないでいるのか」といった問いを通じて、自分たちの置かれた状況を相対化する機会が設けられています。
ドブソンは、グローバル市民性教育において、単に「世界の問題を知る」だけでなく、その問題に自分たちがどう関わっているかという「共犯性」の認識が重要だと指摘しています[5]。例えば「世界の貧困」を遠い国の問題としてではなく、自分たちの生活様式や消費行動と結びついた問題として考えることが求められるのです。
私自身、カナダでの生活経験を通じて、「当たり前」と思っていた日本の文化や社会制度が実は一つの選択肢に過ぎないことを実感しました。異なる視点から自分の文化を見直すことで、何が普遍的で何が文化的に構築されたものなのかを考えるきっかけになりました。インターナショナルスクールの子どもたちは、日々の生活の中でこうした視点の切り替えを経験しています。
3. 社会変革に参加する力
批判的市民性教育の最終的な目標は、より公正な社会づくりに参加する市民を育てることです。知識を得て分析するだけでなく、実際の行動につなげることが重視されます。
息子の学校では、学んだことを行動に移すための具体的なプロジェクトが多く取り入れられています。例えば「持続可能な学校づくり」というプロジェクトでは、子どもたち自身が学校の環境問題(ゴミ、エネルギー使用など)を調査し、改善策を提案・実施しました。
この過程で重要なのは、子どもたちが「自分たちにもできることがある」という効力感を持つことです。シュルツは、批判的グローバル市民性教育において、子どもたち自身が変化の担い手となる力を育むことの重要性を指摘しています[6]。
また、行動においても批判的視点が重視されます。単に「良いこと」をするのではなく、その行動が長期的にどのような影響をもたらすのか、予期せぬ結果はないのかを考えることが奨励されています。
教室での実践:批判的市民性を育む具体的アプローチ
「なぜ」を問い続ける授業
インターナショナルスクールの教室で特徴的なのは、教師が「なぜ」という問いを大切にしていることです。息子のクラスでは、「これが正しい」と教えるのではなく、「なぜそう考えるのか」「その考えの根拠は何か」と問いかけることで、子どもたち自身の思考を深めていきます。
例えば、世界の貧困問題を扱う授業では、「なぜ貧困があるのか」という問いから始まり、「なぜ一部の国は豊かで一部の国は貧しいのか」「それは昔からそうだったのか」「誰がその状況から利益を得ているのか」と掘り下げていきます。
フロンティアズ学術誌の研究によれば、こうした「なぜ」の問いかけは、子どもたちが表面的な事象だけでなく、その背後にある構造的な問題に目を向けるために不可欠だとされています[7]。
メディアリテラシーを通じた権力構造の分析
批判的市民性教育では、メディアの読み解き方も重要な要素です。息子の学校では、ニュースやSNSの投稿、広告などを批判的に分析する授業が行われています。
例えば「誰がこの情報を発信しているのか」「どのような意図があるのか」「誰の声が含まれ、誰の声が排除されているのか」といった視点でメディアを分析します。これは現代社会を生きる子どもたちにとって不可欠なスキルです。
カステジビらの研究では、批判的メディアリテラシーが子どもたちの市民性を育む上で極めて重要な役割を果たすことが示されています[8]。メディアを通じて権力構造を読み解く力は、批判的市民性の基盤となるのです。
プロジェクト型学習と実践的行動
インターナショナルスクールでは、学びを実践につなげるためのプロジェクト型学習が積極的に取り入れられています。息子のクラスでは、環境問題や社会的公正に関するプロジェクトに取り組み、実際の行動につなげています。
例えば「食品ロス削減プロジェクト」では、学校の給食から出る食品ロスを調査し、その削減策を考えました。子どもたちは単に「食べ残しはいけない」と教えられるのではなく、食品ロスが環境や経済に与える影響を調べ、自分たちにできる具体的な行動を考えたのです。
研究によれば、こうした実践的なプロジェクトは、子どもたちの市民性を育む上で効果的です[9]。特に、子どもたち自身が問題を設定し、解決策を考え、実践するプロセスが重要とされています。
批判的市民性教育の課題と可能性
批判から行動へ:無力感を超えて
批判的市民性教育の難しさの一つは、社会の問題や不公正に気づくことで、子どもたちが無力感や絶望感を抱く可能性があることです。世界の複雑な問題を知れば知るほど「自分には何もできない」と感じることもあります。
息子の担任は、この課題に対処するため「小さな一歩」の重要性を強調しています。完璧な解決策を求めるのではなく、自分にできる小さな行動から始めること、そして他者と協力することの大切さを教えています。
アンドレオッティは、批判的市民性教育において「希望の教育学」が重要だと指摘しています[10]。批判だけでなく、変化の可能性を示し、行動の選択肢を広げることが必要なのです。
多様な視点を尊重する難しさ
批判的市民性教育のもう一つの課題は、多様な視点を尊重しながらも、人権や公正といった基本的価値を守ることのバランスです。すべての意見や文化的慣行を無条件に受け入れるわけにはいきません。
息子の学校では、異なる文化や価値観を尊重することと、基本的人権を守ることのバランスについて、年齢に応じた対話が行われています。例えば「ある文化では女の子が学校に行けないこともある」という事実を知ったとき、子どもたちは「それは文化だから尊重すべきか」「教育を受ける権利はどうなるのか」といった問いを考えます。
サンティステバンらの研究によれば、こうした対話型の教育は、子どもたちが複雑な倫理的問題に向き合い、自分なりの判断基準を築く上で重要だとされています[11]。
批判的市民性教育の可能性
課題はありつつも、批判的市民性教育には大きな可能性があります。特に日本の文脈では、「空気を読む」「和を大切にする」文化の中で、批判的に考え意見を述べる力を育むことは貴重です。
息子は最近、家庭でも「でもそれってなんでそうなの?」と質問することが増えました。時には面倒に感じることもありますが、当たり前を疑い、理由を考える習慣が身についてきていることを嬉しく思います。
UNESCOのグローバル市民性教育に関する文書によれば、批判的思考力を持った市民の育成は、持続可能な社会の実現に不可欠だとされています[12]。複雑化する世界の課題に対応するためには、従来の枠組みを超えた思考と行動が必要なのです。
教室を超えた学び:校外活動と地域連携
批判的市民性教育の特徴的な点は、教室内での学びだけでなく、実社会とのつながりを重視することです。息子の学校では、地域社会と連携した学習活動が積極的に取り入れられています。
昨年、息子のクラスは近隣の川の水質調査プロジェクトに参加しました。子どもたちは専門家と一緒に水質検査を行い、データを収集・分析し、地域の環境問題について考察しました。このプロジェクトで特に印象的だったのは、単に「環境を守りましょう」という表面的なメッセージにとどまらず、「なぜこの川が汚染されているのか」「誰がその影響を受けているのか」「誰が責任を持つべきか」といった構造的な問いを子どもたち自身が考えたことです。
オーミアラらの研究によれば、こうした地域に根ざした学習活動は、子どもたちが抽象的な社会問題を具体的な文脈で理解し、行動につなげる上で効果的だとされています[13]。また、地域の人々との交流を通じて、多様な立場や視点を直接学ぶ機会にもなります。
息子の学校では、こうした校外活動が単発のイベントではなく、カリキュラムに組み込まれた継続的な学びとして位置づけられています。毎年、学年ごとに異なるテーマ(環境、人権、多文化共生など)で地域と連携したプロジェクトに取り組み、学年が上がるにつれて扱う問題の複雑さや行動の範囲が広がっていきます。
年齢に応じた批判的市民性教育:発達段階を考慮したアプローチ
批判的市民性教育は、子どもの発達段階に合わせた形で実践されることが重要です。息子の学校では、年齢に応じたアプローチが採用されています。
低学年(5-8歳)では、主に「公平さ」や「思いやり」といった基本的な概念を、具体的な経験を通して学びます。例えば「みんなが使えるおもちゃの数が足りないとき、どうすれば公平に分けられるか」といった日常的な問題を通じて、資源の分配や意思決定のプロセスについて考えます。
中学年(9-11歳)になると、より広い社会的文脈での「公正」について学び始めます。例えば「なぜ世界の子どもたちの中には学校に行けない子がいるのか」「どうすればすべての子どもが教育を受けられるようになるのか」といった問いを探究します。この段階では、問題の背景にある構造的な原因についても少しずつ理解を深めていきます。
高学年(12-14歳)では、より複雑な権力構造や社会システムについて学びます。例えば「歴史的に形成された不平等」「メディアにおける表象の問題」「グローバル経済の仕組み」などのテーマに取り組みます。また、自分たちの日常生活と世界の問題のつながりについても、より深く考察します。
この段階的なアプローチについて、サンティステバンらは「子どもたちが自分の生活世界から出発し、徐々に視野を広げていくことで、複雑な社会問題に対する理解と行動力を効果的に育むことができる」と指摘しています[14]。
デジタル時代の批判的市民性:テクノロジーと市民教育
現代社会において、批判的市民性教育はデジタルリテラシーと密接に関連しています。インターナショナルスクールでは、テクノロジーを単に使いこなすスキルを教えるだけでなく、デジタル空間における権力構造や情報の政治性についても学ぶ機会が設けられています。
息子のクラスでは、昨年「デジタルメディアと市民参加」というプロジェクトに取り組みました。SNSやニュースサイトを分析し、誰の声が拡散され、誰の声が排除されているのかを調査しました。また、アルゴリズムがどのように私たちの情報接触に影響を与えているかについても学びました。
特に印象的だったのは、「デジタル市民」としての権利と責任について考える授業です。オンライン上での発言やシェアが他者や社会に与える影響、プライバシーや個人情報の保護、デジタル格差の問題など、多角的な視点から考察しました。
キムの研究によれば、デジタル時代の批判的市民性教育では、テクノロジー企業の権力や影響力、情報の政治経済学についての理解が不可欠だとされています[15]。単なる「ネット利用のマナー」を超えた、構造的な視点からデジタル社会を捉える力が求められているのです。
教師の役割:ファシリテーターとしての教育者
批判的市民性教育において、教師の役割は従来の「知識の伝達者」から「学びのファシリテーター」へと変化します。息子の担任は、「正解」を教えるのではなく、子どもたち自身が考え、対話し、結論を導き出すプロセスをサポートすることに重点を置いています。
例えば、社会問題についてのディスカッションでは、教師は自分の意見を押し付けるのではなく、多様な視点を提示し、子どもたちが自分で考えるための問いかけを行います。「あなたはどう思う?」「なぜそう考えるの?」「他にどんな見方があるかな?」といった開かれた問いを通じて、子どもたちの思考を促します。
また、教師自身も「学び続ける者」としての姿勢を示すことが重要です。息子の担任は時々「先生もわからないことがある」「一緒に考えてみよう」と言うことがあります。このような姿勢は、知識が固定的なものではなく、常に更新され、問い直されるものだということを子どもたちに示しています。
ラーセンとサールの研究では、批判的市民性教育を実践する教師には「自己の立場や特権を認識する反省的姿勢」「多様な視点を尊重する開かれた態度」「社会変革への意欲」が重要だと指摘されています[16]。教師自身が批判的市民としての資質を持ち、実践することが求められるのです。
家庭と学校の連携:批判的市民性を育む環境づくり
批判的市民性教育は学校だけで完結するものではなく、家庭との連携が不可欠です。息子の学校では、保護者向けのワークショップや情報共有の場が定期的に設けられ、学校での学びを家庭でも支える環境づくりが進められています。
私自身、こうしたワークショップに参加することで、批判的市民性教育の理念や実践について理解を深め、家庭での会話や活動に取り入れるようになりました。例えば、ニュースを見る際に「これはどんな立場から書かれているのだろう」「他にどんな見方があるだろう」と一緒に考えたり、買い物をする際に「この商品はどこから来たのだろう」「作っている人はどんな条件で働いているのだろう」と話し合ったりすることが増えました。
トロツィとマロンの研究によれば、批判的市民性教育において家庭の役割は非常に重要であり、学校と家庭が共通の理解と目標を持つことで、子どもたちの学びがより効果的になるとされています[17]。特に、家庭での日常的な会話や意思決定のプロセスが、子どもたちの市民性形成に大きな影響を与えるとされています。
批判的市民性教育の評価:数値化しにくい学びをどう捉えるか
批判的市民性教育の課題の一つは、その成果をどのように評価するかという点です。思考力や行動力、価値観の変化といった要素は、従来のテストでは測りにくいものです。
息子の学校では、数値による評価だけでなく、多様な評価方法が採用されています。例えば、ポートフォリオ評価(子どもたちの活動や成果物を時系列で集めたもの)、自己評価と相互評価、プロジェクトの成果発表、教師による観察記録などを組み合わせた総合的な評価が行われています。
特に重視されているのは、「プロセス」の評価です。結果だけでなく、子どもたちがどのように問題を分析し、多様な視点を考慮し、協働して解決策を見出したかというプロセスが評価されます。
ブルースらの研究によれば、批判的市民性教育の評価においては、知識・スキル・態度の統合的発達を捉えることが重要であり、長期的な視点での変化に注目することが必要だとされています[18]。教育の成果は即時に現れるものではなく、時間をかけて醸成されるものだという認識が大切です。
インターナショナルスクールから日本の教育へ:批判的市民性教育の可能性
インターナショナルスクールでの批判的市民性教育の実践は、日本の教育にもさまざまな示唆を与えてくれます。特に、「主体的・対話的で深い学び」を目指す新学習指導要領の理念とも多くの共通点があります。
例えば、息子の学校で行われている問いを中心とした学び、プロジェクト型学習、多様な視点からの考察といったアプローチは、日本の学校でも十分に取り入れられる可能性があります。
文部科学省が推進する「グローバル・シティズンシップ教育」においても、批判的思考力や社会参画力の育成が重視されるようになってきています。これは世界的な教育の潮流と合致するものであり、日本の教育の可能性を広げるものだと言えるでしょう。
ゴンザレス・バレンシアらの研究によれば、批判的市民性教育は文化的背景や教育制度の違いを超えて適用可能であり、各国の文脈に合わせた実践が可能だとされています[19]。日本の文化的・社会的文脈の中で、批判的市民性教育をどのように実践していくかは、今後の重要な課題と言えるでしょう。
おわりに:批判的市民性教育が目指す未来
インターナショナルスクールでの批判的市民性教育は、単に「国際的な視野を持つ人材」を育てることではありません。それは、社会の権力構造を読み解き、より公正な社会づくりに参加する市民を育てることを目指しています。
息子が通う学校での経験から、私は「批判的」という言葉が持つ本当の意味を理解するようになりました。「批判的」とは単に否定することではなく、深く考え、問い、行動することなのです。
私たち大人も、子どもたちと共に学び続ける姿勢が大切です。私自身、息子の問いかけをきっかけに、自分の「当たり前」を見直す機会が増えました。
子どもたちが自ら考え、行動する市民として成長するためには、大人たちも批判的市民性を身につけ、実践していくことが求められています。インターナショナルスクールでの教育実践が、日本の教育全体にも良い影響を与えることを願っています。
最後に、批判的市民性教育は決して「英語ができれば国際人」といった単純な考え方ではないことを強調したいと思います。英語はあくまでもコミュニケーションの道具であり、重要なのは多角的に考え、行動する力です。日本の公立校の英語教育が難しいのは、文法や単語を覚えることに重点が置かれ、コミュニケーションの手段としての英語の面白さが伝わりにくいからかもしれません。実際、日本語のほうが文法的にも漢字の学習においても難易度は高いのです。だからこそ、誰もが英語を話せる素質を持っているという事実を忘れないでほしいと思います。
注釈
[13] O’Meara, J. G., Huber, T., & Sanmiguel, E. R. (2018). The role of teacher educators in developing and disseminating global citizenship education strategies in and beyond US learning environments. Journal of Education for Teaching, 44(5), 556-573.
[14] Santisteban, A., González-Monfort, N. (2019). Education for Citizenship and Identities. In J. A. Pineda-Alfonso, N. De Alba-Fernández, & E. Navarro-Medina (Eds.), Handbook of Research on Education for Participative Citizenship and Global Prosperity (pp. 551-567). Hershey, PA: IGI Global.
[15] Kim, Y. (2019). Global citizenship education in South Korea: ideologies, inequalities, and teacher voices. Globalisation, Societies and Education, 17(2), 177-193.
[16] Larsen, M. A., & Searle, M. J. (2017). International service learning and critical global citizenship: A cross-case study of a Canadian teacher education alternative practicum. Teaching and Teacher Education, 63, 196-205.
[17] Tarozzi, M., & Mallon, B. (2019). Educating teachers towards global citizenship: a comparative study in four European countries. London Review of Education, 17(2), 112-125.
[18] Bruce, J., North, C., & FitzPatrick, J. (2019). Preservice teachers’ views of global citizenship and implications for global citizenship education. Globalisation, Societies and Education, 17(2), 161-176.
[19] González-Valencia, G., Massip Sabater, M., & Santisteban Fernández, A. (2022). Critical Global Citizenship Education: A Study on Secondary School Students. Frontiers in Education, 7.



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