プレイベースラーニングは「遊んでいるだけ」という大きな誤解
学習効果に対する根深い偏見
息子が通うインターナショナルスクールで保護者会があつた際、ある日本人のお母さんから「うちの子、毎日遊んでばかりで大丈夫でしょうか?」という相談を受けました。この疑問は決して珍しいものではありません。プレイベースラーニング(play-based learning)という教育手法に対して、多くの親が抱く根深い誤解の典型例なのです。
ハーバード大学教育大学院のプロジェクト・ゼロによる8年間の研究では、遊びと学習は「偽の二項対立」であり、学校で遊びを脇に追いやることは誤りだと結論づけています。同研究は、学習は「楽しく、意味深く、積極的に関与し、反復的で、社会的に相互作用的な」体験によって促進されることを明らかにしています。つまり、遊びは学習を阻害するものではなく、むしろ学習を最大化する手段なのです。
日本の教育環境で育った私たちにとつて、「勉強」とは机に座って教科書を開き、先生の話を静かに聞くものという固定観念があります。しかし、早期幼児教育の専門家によると、脳の早期に最も発達する部分は、積極的な体験に反応する部分であるとされています。子どもが講義を聞いたり動画を見たりして学習できる脳の部分は、後になって発達するのです。
構造化された遊びと自由な遊びの境界線
プレイベースラーニングを理解する上で重要なのが、「構造化された遊び」と「自由な遊び」の違いです。全米幼児教育協会(NAEYC)の研究によると、遊びを通じた学習は、子どもが自由に遊ぶ(フリープレイまたは自己主導的な遊び)、教師の指導を受ける(ガイデッドプレイ)、または構造化された環境で遊ぶ学習コンテクストであると定義されてます。
構造化された遊びとは、明確な目標やルールがある活動で、ボードゲームや組織的なスポーツなどが該当します。一方、自由な遊びは子どもが主導権を握り、創造性と想像力を発揮できる開放的な活動です。重要なのは、両方の遊びにおいて、子どもがサポートを受けながらも自分自身の学習を主導することです。
息子の学校では、初等部(2018年入学当時)の朝の時間に「チョイスタイム」と呼ばれる自由な遊びの時間がありました。子どもたちはブロック、絵本、アート材料、ごっこ遊びのコーナーから自分の興味に基づいて活動を選択していました。教師たちは決して放任するのではなく、子どもたちの興味を観察し、学習が深まるよう適切なタイミングで質問を投げかけたり、新しい材料を提供したりしていました。
アカデミックスキルの習得に関する懸念
「遊んでばかりで文字や数字を覚えられるのか?」という心配も多く聞かれます。しかし、研究によると、プレイベースラーニングは従来の直接指導法と同等かそれ以上の学習効果を示しています。シンガポールとオーストラリアで行われた研究では、PYP初期教育を受けた子どもたちは、文字スキルが良好に発達し、学校準備の面で規範サンプルと同等またはそれ以上のレベルにあったことが報告されています。
特に注目すべきは、数学的概念の習得においてです。ある研究では、線形で数値ベースのボードゲーム(ザ・グレート・レース)をプレイした子どもたちは、数字が色に置き換えられた同じゲームや円形に配置された数字のゲームと比較して、数値的発達が向上したという結果が得られています。これは、遊びの中で自然に学習目標が織り込まれることで、子どもたちがより深い理解を獲得できることを示しています。
遊びが子どもの発達に与える科学的根拠と効果
脳科学的エビデンスから見た遊びの価値
近年の脳科学研究により、遊びが子どもの脳発達に与える影響が科学的に明らかになっています。神経科学者は、脳の前頭前皮質が遊びによって洗練され、遊びが新しいニューロンとシナプスの分化と成長に責任を持つタンパク質の産生を刺激することを発見しました。逆に、遊びの剥奪は脳の発達と問題解決スキルに悪影響を与えることも確認されています。
この科学的根拠は、息子の学校で見る日常風景を裏付けています。ブロック遊びに夢中になっている子どもたちは、建物の構造を考え、友達と協力し、試行錯誤を繰り返しながら問題を解決しています。単なる遊びに見える活動が、実は高度な認知的プロセスを働かせているのです。
また、ごっこ遊びの教育的価値も科学的に証明されています。子どもが人形で遊ぶとき、泣いている赤ちゃんへの異なる対応シナリオ(人形を抱く、食べさせるなど)をテストできると研究者は説明しています。この「ふりをする遊び」は、子どもが環境を探索し、世界について学ぶ重要な方法なのです。
社会性と感情面での発達効果
プレイベースラーニング活動に参加することで、子どもたちは新しい情報をより良く学習し保持し、問題解決スキルを発達させ、仲間との強い関係を築き、肯定的な自己感覚を発達させることができるとされています。
カナダでの生活経験から振り返ると、現地の幼稚園では多様な文化的背景を持つ子どもたちが自然に交流していました。言語の壁があっても、遊びを通じてコミュニケーションを取り、友情を育んでいく姿が印象的でした。これは、教育環境での遊びベース学習は、子どもたちがよく知らない他者と協力することを学ぶ機会を提供し、発達中の子どもにとって必須のスキルであることを示しています。
遊びの介入は、肯定的な仲間関係の確立を含む社会感情的スキルの発達に苦労する子どもたちの治療として広く使用されています。このことは、遊びが単なる楽しみではなく、子どもの社会的発達に不可欠な要素であることを証明しています。
言語発達と創造性の向上
言語発達の面でも、プレイベースラーニングは顕著な効果を示しています。プレイベースラーニング活動では、子どもたちが意味深く本格的な方法で言語を使用する機会があり、仲間や大人との会話に参加し、物語を語り、説明を行い、質問をすることが可能になります。
特に、日本語を母語とする子どもがインターナショナルスクールで英語環境に適応する際、遊びは言語習得の強力なツールとなります。息子も2018年の入学当初は英語でのコミュニケーションに苦労しましたが、遊びの中では自然に英語を使うようになりました。砂場で友達と一緒に「お城」を作りながら、「bigger」「higher」「strong」といった単語を身体の動きと結びつけて覚えていったのです。
創造性の発達についても、プレイベースラーニング活動に参加することで、子どもたちは新しいアイデアや概念を探索し実験し、想像力を使って新しい可能性を創造できるとされています。これは、将来の問題解決能力や革新的思考の基盤となる重要な能力です。
効果的なプレイベースラーニングの実践とその条件
教師の役割と専門性の重要性
効果的なプレイベースラーニングの実現には、高度な専門性を持つ教師の存在が不可欠です。幼児を効果的に教えるには、児童発達、年齢に適した教授法、多様な学習ニーズに対応する戦略についての専門知識が必要であるとされており、単に子どもたちを遊ばせればよいというものではありません。
国際バカロレア(IB)のPYP(Primary Years Programme)では、教師は学習プロセスのパートナーである。単なる受け身の傍観者ではなく、子どもたち自身の学習と進歩にとって不可欠で重要な部分であると位置づけています。この専門性には、文化的応答性も含まれます。文化的応答性はプレイベースラーニングと意図性の中核にある。これには、教師や教育者が自分自身のアイデンティティ、文化、歴史、偏見について批判的に省察することが必要であるとされています。
成功したプレイベースラーニング クラスでは、教師は多くの場合、生徒が参加する遊びの背後に明確な「学習目標」を事前に持っており、教師は遊び中にこの目標を念頭に置き、微妙に子どもを目標に向けて導く必要があります。これには高度な観察力と即応性が求められます。
学習環境の設計と資源の活用
プレイベースラーニングの成功は、学習環境の質に大きく依存します。学習環境自体が遊びに満ちた環境を育む上で大きな部分を占めるとされており、学習環境は子どもが流れることができ、快適に過ごせる様々なスペースを提供することが重要です。
効果的なプレイベースラーニングは可能な限り子ども主導であるべきで、生徒に「自分の行動と遊び行動に対する自由と選択」を与えるべきであると研究者は主張しています。しかし、彼らの調査結果は、プレイベースラーニングのシナリオで生徒に与えられている自律性のレベルが、「子どもたちの主体性、動機、好奇心を育む」ために必要な量よりも少ないことが多いことを示唆しています。
多くのインターナショナルスクールでは、教師たちは子どもたちの個々の興味、発達段階、学習スタイルに応じて遊びを促進する経験豊富な教育者として機能し、オープンエンドな遊びの機会とリソースや材料を子どもたちが独立して使用できるように提供しています。重要なのは、これらの環境が固定的ではなく、子どもたちの興味の変化に応じて柔軟に調整されることです。
評価と記録の新しいアプローチ
プレイベースラーニングでは、従来のテストや評価方法とは異なるアプローチが必要です。評価は学習のためのプラクティスリソースとして、EYLFの8つの原則と一致したエビデンスベースの評価実践を特定することが求められています。
子どもたちが遊ぶとき、彼らは社会感情的、認知的、身体的スキルにも取り組み、言語と読み書き、数学、科学技術、社会科、芸術に関連する重要な内容学習を習得しています。この多面的な学習を捉えるためには、従来の点数やテストでは測れない質的な評価が必要になります。
ケンブリッジ大学の研究によると、「ガイデッドプレイ」—より一般的にはプレイベースラーニングと呼ばれる—が、席での時間と明示的な指導を優先する従来のアプローチよりも、数学、図形知識、タスクスイッチングなどのスキル習得に「より大きな積極的効果」をもたらすことができると結論づけています。
ただし、プレイベースラーニングの実践には課題もあります。構造の少ないプレイベース学習環境では快適に感じない子どもたちもいることが指摘されており、個々の子どもの学習スタイルに応じた配慮が必要です。また、伝統的なアプローチでの教育、学習、スキル評価に焦点を当てた強力な幼稚園準備プログラムを好む教育者や家族からの抵抗の可能性もあります。万が一こうした問題が起こった場合でも、継続的な保護者とのコミュニケーションと透明性のある情報共有により、誤解を解くことが可能です。多くの保護者は、最初は不安を感じても、子どもの成長と学習の様子を実際に見ることで、プレイベースラーニングの価値を理解するようになります。
これらの課題に対処するためには、継続的な専門的対話と研究に基づく実践の共有が不可欠です。私たち親も、プレイベースラーニングの価値を理解し、家庭でも同様のアプローチを取り入れることで、子どもたちの学習を最大限にサポートできるのです。
インターナショナルスクールでのプレイベースラーニングは、決して「遊んでいるだけ」ではありません。科学的根拠に基づいた高度な教育手法であり、21世紀を生きる子どもたちに必要な包括的なスキルを育む重要なアプローチなのです。英語環境での学習に不安を感じる親も多いかもしれませんが、遊びは言語の壁を越えて子どもたちをつなぎ、自然な言語習得を促進します。重要なのは、この教育手法の価値を理解し、子どもたちの成長を長期的な視点で見守ることです。

 
  
  
  
  

コメント