今回は上級者向け「グローバルコミュニケーション」に関する話です。
コミュニケーション目的での英語を勉強にするにあたって、特に注意しなければいけないことがあります。それは「自分とは違う相手の考えを理解した上で、自分の意見を伝える」ということです。
これは日本人の日本語同士でのコミュニケーションでも確実にいえることではありますが、人が人である限り、皆それぞれ違った価値感を持っています。恋愛感、ビジネス感覚、宗教感覚、価値感など様々なトピックに絞ってみても結構違った考えの人が多いことに気づかされます。いくら便利な社会になり、そして自由に権利・意見を主張できるとは言っても、粛清や拷問と言った権力による身体的な圧力は受けなくとも、基本的には精神的な面で社会的にたたかれる傾向があります。
日本には世界とは違う独特の「空気を読む」という感覚が存在します。つまり、主張をしなくても相手の感じていることを「感じる」というものです。この「空気を読む」ということが世界では全く通用しません。
海外では「言葉による主張が国際常識」
相手が「言葉で言っていること」が全てですから、当然日本独特の「空気」という感覚は一切ありません。私たち日本人はこの感覚が日本独特だと認識に海外に行くと、旅行や2,3週間の短期の留学などであればさほど感じることはありませんが、長期で会話をする環境にあると、ひしひしとその「通用しない感覚」を肌で感じます。
そもそもこれだけ個人の権利が守られている日本の社会でも「常識」という「共通認識」というものは徐々に薄れているのが現実ではないでしょうか。敗戦後日本はGHQによって徹底的に価値感の破壊が行われたわけで、それゆえに「道徳」や「倫理」というものさえ教育では重要視されていないわけですから、暗黙の了解や価値感というのは、本当に「多種多様」になっているのです。
ですが、「空気を読む」というのは日本人独特の「文化」の賜物でもありますから、いくら「常識の多様化」が現在蔓延していても、やはり「空気で感じる」というものは、なかなか薄れないのが現実です(個人的には薄れてほしくはないですが)
重要なことはどんなに相容れない考えでも、一度「理解」して、自らの主張をするということ
これは日本国内でも同じですが、海外ではいくらでも自分自身とは相容れない考えを持った人が何千万人、何億人と存在します。
そんなときに重要なことは何かというと、先に「相手の主張を理解する」ことです。「理解すること」は「受け入れること」とは全く違います。
相手はこういう考えなんだなという理解をした上で、「私はその考えには賛同できないけど、理解はする。自分の考えとしてはこうだ」という主張の仕方です。
相手の考えを理解さえせずに、自らの主張を押し通しても全くもってグローバル社会では全く持って人間関係を築いていくことはできません。
空気を読む感覚で接すると相手の考えを100%受け入れたことになる
海外では全く通用しないのが「空気を読む」という考えですから、そんな場違いな場面で「こんな常識も通用しないから、言うまでもない」と主張をしない場合、海外ではただ単に考えを持たずに相手の言っていることを受け入れたと認識されるのです。
ですから、相手がどんなに感情的であっても、相手がどんなに論理的な考えで自分自身とはかけ離れていても、「理解するけど私は全くもって賛同できない」という「言葉」を言わない限りは、相手の主張が勝つのです。ちょっと裁判っぽいですが、アメリカ社会が言論が全てで、裁判社会であるのも理解ができます。
ですから、外国人とコミュニケーションをとる際には、必ず「考えを持って主張すること」を忘れないようにしましょう。主張することが苦手であっても、世界では常識なのですから、「苦手」という感覚ではなく、とりあえず「理解をしてもらうために積極的に話す」ことは忘れないようにしましょう。